30秒サマリ

  • 「市場を先に定義する」行為には学術的な裏付けがある。機会は発見するものではなく創るものだとする「機会創造論」と、バラバラの兆候を結びつける「パターン認識」研究がその核心。
  • 新カテゴリーを最初に定義した企業(カテゴリーキング)は、そのカテゴリー全体の時価総額の約76%を独占する。残り24%を他社全員で奪い合う。
  • 米Fortune急成長企業100社のうちカテゴリー創造企業はわずか13社だったが、その13社が100社全体の売上成長の53%、時価総額増分の74%を生んだ。
  • 「複数の伸びているサービスを観察して名前のない市場を最初に言語化する」最も純粋な実例は、a16zのLi Jinによる「パッションエコノミー」命名(2019)とSignalFireの「クリエイターエコノミー」市場地図(2020)。どちらも企業ではなく観察者が市場を定義し、その名前の専門家ポジション自体が事業機会になった。
  • ただし失敗例もある。Quibiは17.5億ドル調達して「クイックバイツ」という新カテゴリーを定義したが、ユーザーの行動の中に実在しない切り口だったため約6か月で閉鎖。「言語化」は現象の後追いでなければ機能しない。

背景と知識地図

起業の出発点をめぐる研究には、機会は「発見されるもの」か「創られるもの」かという古典的な対立がある。前者は市場の歪みを先に見つける宝探し型、後者は起業家の行動自体が機会を生み出すとする立場で、複数の事象を観察して「これは◯◯市場だ」と最初に言語化する行為は、後者の機会創造(opportunity creation=機会は探すのでなく作る)に近いとされる[1]。実際、伸びている複数のサービスに共通点を見いだす力は、ばらばらの兆候を結びつけるパターン認識(pattern recognition=点をつなぐ認知能力)として研究されてきた[2]。一方で、市場は客観的に存在するのではなく社会的に構築される、という見方もある。新しい市場カテゴリーが定着するには、参加企業と投資家・メディアなど周囲の聴衆が「これはひとつの市場だ」と認める正当性(legitimacy=社会的なお墨付き)の獲得が必要で、衛星ラジオ市場の生成過程を追った研究がその力学を実証している[3]。つまり最初に市場を命名した者は、カテゴリーの定義・比較基準・言葉づかいを設計でき、後発はその土俵で戦わされる。この実務面を体系化したのがカテゴリーデザイン(category design=新市場を設計し支配する手法)で、新カテゴリーの覇者がその市場価値の約76%を獲得すると主張される[4]。競合のいない未開拓市場を狙うブルーオーシャン戦略[5]や、市場の定義そのものを企業が能動的に作り変えるマーケットシェイピング(market shaping=市場形成戦略)[6]も同じ系譜にあり、いずれも「市場は与件ではなく、定義した者が有利になる変数だ」という共通の知見に行き着く。

データ・数値

新カテゴリーを最初に定義した企業「カテゴリーキング(その市場の支配企業)」は、カテゴリー全体の時価総額(企業価値)の約76%を独占し、残り24%を他社全員で奪い合う構図になる[7]。2000年以降の米VC(ベンチャーキャピタル)出資企業を追った同調査では、カテゴリーキング35社の合計時価総額は2014年の4,650億ドルから2021年に1兆9,200億ドルへ約4.1倍に拡大した[7][8]。また米Fortune誌「急成長企業100社」(2009〜2011年)のうちカテゴリー創造企業はわずか13社だったが、この13社が100社全体の売上成長の53%、時価総額増分の74%を生んだ[9]。タイミング面では「6-10の法則」があり、創業6〜10年で上場した企業がIPO(株式公開)後に生まれた時価総額の92%を創出、カテゴリーキング化もほぼ同時期に起きる[8]。近年命名されたカテゴリーの伸びも顕著で、クリエイターエコノミー(個人発信者の経済圏)は2025年に約2,500億ドル、2033年に1兆3,455億ドル予測(年平均成長率23.3%)[10]、スリープテック(睡眠改善技術)は2025年293億ドル→2034年1,346億ドル予測(同18.5%)[11]、RevOps(レベニューオペレーションズ=収益部門の統合運用)ソフト市場は2023年37億ドル→2033年159億ドル予測(同15.4%)[12]。

実事例

1. 名前を付けて束ねた型(バラバラに存在していた現象を一語で市場化)

Gainsight「カスタマーサクセス」(2013〜)

SaaS(サース=クラウド経由でソフトを月額提供する事業モデル)企業に散在していた「解約防止・利用促進の担当業務」を、Gainsightが「カスタマーサクセス(顧客の成功支援)」という職種・市場として言語化した。自社主催の業界会議 Pulse は2013年の参加者300人から2019年に6,000人、後にオンライン含め2.3万人規模へ拡大し、2020年11月に投資ファンド Vista が約11億ドル(ARR 約1億ドルの約11倍)で買収した[13][14]。

→ 製品より先に「職業と市場の名前」を作り、その名前のコミュニティごと所有した典型例。

HubSpot「インバウンドマーケティング」(2006〜)

創業者の Halligan と Shah は「ブログや検索で見つけてもらう手法」を「インバウンドマーケティング(顧客側から来てもらう集客)」と命名し、書籍と無料ツールで概念ごと普及させた。売上は2007年の25.5万ドルから2024年に26.3億ドルへ成長し、概念を冠した会議 INBOUND は2019年に110か国から2.6万人を集めた[15][16]。

→ 「手法に名前を付けて教育し、その教科書の発行元になる」戦略の原型。

SignalFire「クリエイターエコノミー」の市場地図(2020)

VC(ベンチャーキャピタル)の SignalFire は2020年、YouTube・Twitch・Instagram などに分散していた個人発信者と支援ツール群を「クリエイターエコノミー」として一枚の市場地図にまとめ、「世界に5,000万人のクリエイターがいる」(専業200万人+兼業4,670万人)と初めて定量化した[17][18]。以後この数字が業界標準の引用元になり、無数のスタートアップが「クリエイターエコノミー企業」を自称して資金調達した。

→ 企業ではなく投資家が「市場の地図と人口」を先に定義し、案件の流れを自分に向けた例。

Li Jin「パッションエコノミー」(2019)

a16z(米VC アンドリーセン・ホロウィッツ)の Li Jin は、個人がスキルを直接収益化する新興プラットフォーム群を観察し、2019年のエッセイで「パッションエコノミー(好きなことで稼ぐ経済)」と命名した[19][20]。この言語化が彼女自身のブランドになり、後に独立してこの領域専門ファンド Atelier Ventures を設立。同名の概念は creator economy の下位区分として定着した。

→ 「複数の伸びているサービスを観察して、まだ名前のない市場を最初に言語化する」というこのトピックの最も純粋な実例。

Databricks「レイクハウス」(2020)

Databricks は、データウェアハウス(構造化データの分析基盤)とデータレイク(生データの保管庫)という既存2市場の中間に「レイクハウス」という新カテゴリーを2020年に命名・提唱した。提唱から数年で世界の CIO(情報システム担当役員)の74%が「自社にレイクハウスがある」と回答するまで一般名詞化し、同社は Gartner の評価でも4年連続リーダーに選ばれた[21][22]。

→ 既存2カテゴリーの「あいだ」に名前を付けることで、比較表の軸そのものを自社有利に書き換えた例。

2. 敵を定義した型(既存市場の「否定」で新市場を宣言)

Salesforce「No Software」(1999〜)

Salesforce は CRM(顧客管理ソフト)市場の王者 Siebel に正面から挑まず、「ソフトウェアの終焉(The End of Software)」を宣言し、「No Software」ロゴで「インストール型ソフト全体」を敵に設定した。複葉機(旧来ソフト)を戦闘機(自社)が撃ち落とす広告や、競合イベント会場前でのゲリラ宣伝まで行い、結果として SaaS という産業カテゴリーそのものの代名詞になった[23][24]。

→ 「製品の優劣」ではなく「時代の区切り」を自分で引くカテゴリー創造の古典。

Drift「会話型マーケティング」(2015〜)

Drift はサイト訪問者をフォームではなくチャットで即時接客する手法を「会話型マーケティング(Conversational Marketing)」と命名し、書籍・ポッドキャストで概念を先行させてカテゴリーリーダーになった[25]。ただし2024年2月に Salesloft に買収されて独立ブランドとしては縮小し、カテゴリー名も「チャットボット機能の一つ」へと吸収されつつある[26][27]。

→ カテゴリー創造で急成長できても、機能として大手に取り込まれると「カテゴリーごと消える」ことを示す両面教材。

3. 非顧客から定義した型(日本企業: 客層を切り直して市場を再定義)

ワークマンプラス(2018)

作業服チェーンのワークマンは、職人向け高機能ウェアが一般客にも買われている現象を観察し、「高機能×低価格のアウトドアウェア」という約4,000億円の空白市場(アスレジャー市場の低価格帯)を定義して新業態ワークマンプラスを出店した。商品はほぼ既存のまま見せ方だけ変え、1号店は開店3か月で当初の年間売上予測を達成、2年半で約270店舗に拡大した[28][29]。

→ 「新製品ゼロでも、市場の切り直し(誰向けかの再定義)だけで新カテゴリーが作れる」ことの実証。

QBハウス(1996〜)

QBハウスは理髪店市場を「散髪したい人の市場」ではなく「時間を節約したい人の市場」と捉え直し、シャンプー・髭剃り・予約を全廃した「10分1,000円(現1,200〜1,400円)カット専門店」という新業態を定義した。現在国内外600店舗超に拡大し、ブルーオーシャン戦略(競争のない新市場を作る経営論)の世界的教科書事例になった[30][31]。

→ 既存業界の「当たり前のサービス」を削ることで非顧客(忙しくて床屋に行かない人)から市場を定義した原型。

「推し活」市場の言語化(2020〜)

ファン消費自体は昔から存在したが、2020年の芥川賞作品『推し、燃ゆ』などを契機に「推し活」という言葉が一般化し、それまで「オタク消費」「アイドル市場」「キャラクターグッズ」とバラバラに数えられていた支出が一つの市場として可視化された。推し活総研の推計では2024年の推し活人口は約1,400万人(人口の1割強)・市場規模約3.5兆円、矢野経済研究所のオタク主要16分野でも2020〜2024年度で約50%拡大[32][33]。推し活専門マーケティング会社 Oshicoco のように、この「名前」の上に事業を建てる企業も生まれた。

→ 言葉が先に生まれて市場が「発見」され、その言葉の専門家ポジションが事業機会になった日本の好例。

ベースフード「完全栄養食」(2016〜)

ベースフードは「健康食品」でも「ダイエット食」でもなく、「1食で1日に必要な栄養素の1/3が取れる主食」を「完全栄養食」というカテゴリーとして定義し、パンとパスタで商品化した。販売開始から5年で月間定期購入者10万人超、2022年2月期売上55.4億円、同年11月に東証グロース上場。上場時にも「完全な競合商品はない」と説明した[34][35]。

→ 機能(栄養充足率)を基準に食品市場を切り直し、カテゴリー名を商標的に独占した日本のD2C(メーカー直販)事例。

4. 失敗例(カテゴリーを定義したが定着しなかった)

Quibi「クイックバイツ」(2020)

ハリウッドの大物 Katzenberg と元 HP CEO の Whitman は、「移動中にスマホで見る10分以下の高品質動画」を「Quick Bites(クイックバイツ)」という新カテゴリーとして定義し、17.5億ドルを調達してサービスを開始した。しかし市場調査では回答者の70%が「食品宅配サービスだと思った」と答えるほど概念が伝わらず、初月260万ダウンロードに対し有料会員は約50万人にとどまり、開始から約6か月で閉鎖した[36][37]。

→ 「資金と知名度があってもユーザーの行動の中に実在しない切り口は市場にならない」という反面教師。TikTok という「すでに名前なしで存在していた現象」に負けた点も示唆的。

Drift「会話型マーケティング」のその後(2024)

上記2の通り、Drift はカテゴリー創造で評価額10億ドル超まで成長したが、概念が「独立した市場」ではなく「営業支援ツールの一機能」として再吸収され、2024年に Salesloft へ売却・統合された[26][27]。

→ カテゴリーの「独立性」(隣接市場に飲み込まれない境界線)を維持できないと、命名者でも市場ごと消えることを示す例。

未解明・次の問い

  1. 観察→命名のタイミング論: 「すでに現象は存在するがまだ名前がない」ウィンドウはどれくらいの期間開いているのか。早すぎる命名(Quibi型)と遅すぎる命名(後発)の境界を定量的に判定する方法はあるか。
  2. 小資本プレーヤーの命名戦略: HubSpot や Salesforce は巨額のマーケティング投資で概念を普及させた。個人事業主や小規模事業者が「命名者ポジション」を取るには、Li Jin 型(エッセイ・発信による言語化)が現実的か。その成功条件は何か。
  3. カテゴリーの独立性の見極め: Drift のように「機能として吸収される切り口」と、カスタマーサクセスのように「職種・予算項目として独立する切り口」を事前に見分ける判定基準(前回記事の3テストとの接続)。

参考文献

  • [1] Discovery and Creation: Alternative Theories of Entrepreneurial Action — Sharon Alvarez & Jay Barney (2007, Strategic Entrepreneurship Journal)
  • [2] Opportunity Recognition as Pattern Recognition: How Entrepreneurs "Connect the Dots" — Robert Baron (2006, Academy of Management Perspectives)
  • [3] How New Market Categories Emerge: Temporal Dynamics of Legitimacy, Identity, and Entrepreneurship in Satellite Radio, 1990–2005 — Chad Navis & Mary Ann Glynn (2010, Administrative Science Quarterly)
  • [4] Play Bigger: How Pirates, Dreamers, and Innovators Create and Dominate Markets — Al Ramadan, Dave Peterson, Christopher Lochhead & Kevin Maney (2016)
  • [5] Blue Ocean Strategy — W. Chan Kim & Renée Mauborgne (2005)
  • [6] SMASH: Using Market Shaping to Design New Strategies for Innovation, Value Creation, and Growth — Suvi Nenonen & Kaj Storbacka (2018)
  • [7] Category Kings / Category Contenders 調査 — Play Bigger (2014–2021)
  • [8] Time to Market Cap Report(6-10 Law)— Play Bigger (2016)
  • [9] Why It Pays to Be a Category Creator — Harvard Business Review (2013)
  • [10] Creator Economy Market Report — Grand View Research (2025)
  • [11] Sleep Tech Devices Market — Precedence Research (2025)
  • [12] Revenue Operations Software Market — Allied Market Research (2025)
  • [13] Vista Equity Partners Acquires Majority Stake In Gainsight — Pulse2 (2020)
  • [14] How Gainsight Reached $100M Revenue with Customer Success Strategy — GetLatka (2021)
  • [15] HubSpot — Wikipedia (2024)
  • [16] HubSpot: An Underdog Helps Invent Modern Marketing — Sequoia Capital "Crucible Moments" (2023)
  • [17] SignalFire's Creator Economy Market Map — SignalFire (2020)
  • [18] SignalFire Creator Economy Report Reveals there are 50M Creators — WebWire (2020)
  • [19] The Passion Economy and the Future of Work (Li Jin) — a16z / andrewchen.com (2019)
  • [20] By Coining 'The Passion Economy,' Li Jin Showed Creators What Was Possible — Linktree Blog (2022)
  • [21] Lakehouse Architecture Realized — Databricks Blog (2021)
  • [22] Databricks Named a Leader in 2024 Gartner Magic Quadrant for Cloud DBMS — Databricks (2024)
  • [23] Salesforce History: Your Guide from 1999–2022 — Salesforce Ben (2022)
  • [24] The Rise of SaaS: How Salesforce and Marc Benioff... — ROUTE06 Insights (2023)
  • [25] So You Want To Create A Category. Here's What... — Drift Blog (2019)
  • [26] Salesloft Acquires Drift — Salesloft Newsroom (2024)
  • [27] Drift Review 2026: After the Salesloft Acquisition — MarketBetter (2026)
  • [28] ワークマン/新業態「WORKMAN Plus」開発、100店出店・120億円目標 — 流通ニュース (2018)
  • [29] 見せ方の変化とアンバサダーの起用による市場開拓戦略 — 日本マーケティング学会誌 J-STAGE (2021)
  • [30] チョコザップ・QBハウスの秀逸すぎる「ブルーオーシャン」戦略 — ビジネス+IT (2024)
  • [31] QBハウスのマーケティング戦略・経営戦略とは — ショップオーナーサポート (2023)
  • [32] 推し活の市場規模は1兆円以上? — 野村證券 NOMURA ウェルスタイル (2025)
  • [33] 推し活 〜若年層を中心に急成長する消費形態〜 — 財務省広報誌『ファイナンス』 (2025)
  • [34] 注目のIPO、完全栄養食のベースフードが上場「完全な競合商品はない」 — QUICK Money World (2022)
  • [35] 東証グロース市場に上場する完全栄養食D2Cブランド「BASE FOOD」の業績&ビジネスモデルまとめ — ネットショップ担当者フォーラム (2022)
  • [36] 7 Reasons Quibi Failed Despite Raising $1.8B — Failory (2021)
  • [37] Why Quibi Died: The $2B Dumpster Fire — How They Grow (2023)